スタイル

運が良かったやつがこの世に生を授かり、

地面に足が着いた。

勝手に始まったから、そこには終わりがある。

始めたわけじゃないから、終わりを決める必要はない。

右に曲がろうと、左に曲がろうと、

道をどっちに行こうと、

そこで成り行きと言わず

道よりをすることは

次の道を曲がるときに決める

選択肢のヒントを得るだろう。

個は集になりそれが大衆と化した。

大衆はやがて分衆となり、

個の集まりは

その真ん中をぽっかりと、

空けてしまった。

島国という性質なのか、

外から入った渡来文化を

我こそはといち早く手に入れようとする。

それを自分なりにデザインした作品を

自慢する文化が生まれた。

だれかが始めれば、それに続いて

他の誰かも始めるから

彼らは外に眼を向けることばかり気を使っていた。

外へ外へ外へと。

そうすることで、

人は第三の眼を必要とした。

その第三の眼は、

外に眼を向けることができるので

人の興味、

人の気持ち、

人の繋がり

を観ることができた。

興味というのが、

流行。

気持ちというのが、

空気。

繋がりというのが、

ネットワーク。

第三の眼はそれらを

可視化することができた。

文化は外から輸入することが粋だということで、

それを実践する人々は

それを文化と認め、

そこに参加するための表現を日々実践していた。

やがて、

この島国からは土を耕す文化は減少し、

彼らはアイデンティティを見失っていた。

やがて、

彼らは、

世界を渡り歩き、

それらの経路(RouteS)をアイデンティティ(RootS)と

することで、

新たに土を耕そうと計画を立て始めた。

この島国では、RouteSをRootSとして新たな文化が生まれようとしている。